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地震に強い理由がわかる懸造りの仕組み。構造を徹底解剖

断崖絶壁に、まるで浮かぶように建てられた歴史的建造物。清水寺や三徳山などで見られるこの光景に、なぜあのような場所に建物を建てられたのか、その仕組みや構造に疑問を持ったことはありませんか。

この記事では、代表的な建物として有名な建築物を一覧で紹介しつつ、懸造りの仕組みを徹底的に掘り下げます。驚くべき耐震性能の秘密や、何の釘も使わない伝統技術、そして混同されがちな懸崖造りとの違いについても分かりやすく解説します。また、清水寺の舞台は何本で支えられているのか、といった具体的な問いから、城の建築にも応用されたのかという点まで、あなたの知りたい情報に全てお答えします。

この記事で分かること
  • 懸造りの基本的な構造と力学的な仕組み
  • 釘を使わない伝統工法と高い耐震性の関係
  • 清水寺や投入堂など有名な建築物の具体的な特徴
  • 懸崖造りとの明確な違いと見分け方
目次

図解:懸造りの仕組みがわかる基本構造

なぜ崖に?懸造りの基本的な構造

懸造り(かけづくり)とは、山の急な斜面や断崖絶壁といった、建築には極めて不向きに見える土地に建物を築くための、日本古来の卓越した建築様式です。その最大の目的は、限られた平地を最大限に有効活用し、不安定な立地に安全で水平な床面を人工的に生み出すことにあります。しかし、この技術が発展した背景には、単なる土地活用の問題だけではない、より深い文化的・宗教的な理由が存在します。

なぜ、あえて厳しい立地に建てたのか

古来より、人々は険しい山や断崖といった自然の地形そのものに、神聖さや霊性を感じ取ってきました。特に、観音菩薩が住むとされる理想郷「補陀落山(ふだらくさん)」への信仰と結びつき、俗世から隔絶された厳しい自然環境こそが、修行や祈りにふさわしい場と考えられたのです。このような山岳信仰や修験道の影響を受け、人々はあえて厳しい立地に寺社を建立することで、より神仏に近い神聖な空間を創り出そうとしました。

また、崖の上から見下ろす壮大な眺望は、参拝者の心に深い感動と宗教的な高揚感をもたらします。つまり懸造りは、困難な地形を克服するための技術的な挑戦であると同時に、人々の深い信仰心と美意識が結晶化した、祈りのための建築様式であると言えるのです。

構造の基本は「長い柱」と「貫」による強固な骨組み

懸造りの構造的な核心は、驚くほどシンプルかつ合理的です。まず、建物を建てる斜面に沿って、何本もの長い柱を垂直に立てていきます。そして、それらの柱同士を「貫(ぬき)」と呼ばれる水平方向の角材で幾重にも貫き、楔(くさび)を打ち込むことで強固に連結させます。

この無数の柱と貫によって格子状に組まれた巨大な骨組みは、俗に「地獄組み」とも呼ばれ、建物全体の荷重をしっかりと受け止め、地面に伝える巨大な基礎の役割を果たします。斜面の下側ほど柱は長くなり、例えば清水寺の舞台では最も長いもので約12メートルにも達します。この長短様々な柱を用いることで、傾いた土地の上に、完全に水平な床面を創出しているのです。この堅牢な骨組みの上に床を張り、建物を建てることで、まるで建物が崖からせり出しているかのような、ダイナミックで美しい外観が生まれます。

何の釘も使わない柔らかな耐震技術

断崖に立つ懸造りの建築物は、その見た目から一見すると不安定に思えるかもしれませんが、実は地震の多い日本の風土に適応した、非常に優れた耐震性能を備えています。その強さの秘密は、現代建築のようにコンクリートや金物で固めるのではなく、釘を一本も使わずに木材そのものを組み合わせる「木組み」という伝統技術にあります。

部材同士の接合には、「継手(つぎて)」や「仕口(しくち)」といった、木材の端部に凹凸を精密に加工してはめ込む技法が用いられます。釘やボルトで完全に固定された「剛構造」とは対照的に、木組みによる接合部には、目には見えないミクロ単位のわずかな「遊び」や「めり込み」の余地が生まれます。この「遊び」こそが、地震の巨大なエネルギーに対して決定的に重要な役割を果たすのです。

地震が発生し、地面が揺れると、そのエネルギーは建物の基礎から上部へと伝わります。剛構造の場合、そのエネルギーが直接ぶつかり、耐えきれなくなった部材が折れたり、接合部が破壊されたりする危険性があります。しかし、懸造りのような木組みで造られた「柔構造」では、地震の揺れを受けると、無数の接合部がそれぞれ微妙にずれたり、きしんだりしながら、建物全体が柳のようにしなって揺れを巧みに吸収・分散させます。

それぞれの部材が擦れ合う際に生じる摩擦によって、地震エネルギーは熱エネルギーに変換され、効果的に消費されます。これは、現代の高層ビルで採用されている免震・制振構造が、ダンパーなどを用いて揺れを吸収する仕組みに通じる、非常に合理的な考え方です。京都大学の研究においても、清水寺の舞台のような構造は、各部材が変形することで地震のエネルギーを吸収する能力が高いことが示唆されています。この先人の知恵が詰まった柔構造こそが、多くの懸造り建築が何百年もの間、数多の地震や厳しい風雪に耐え抜いてきた理由なのです。

参考資料:京都大学学術情報リポジトリ 紅「清水寺本堂舞台の構造特性に関する研究」

懸崖造りとの違いはここがポイント

「懸造り」という言葉を調べていると、非常によく似た「懸崖造り(けんがいづくり)」という言葉に出会うことがあります。これらはしばしば混同されたり、同じ意味で使われたりすることもありますが、建築の専門的な視点から見ると、そのニュアンスには少し違いがあります。

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用語主な意味合い使われ方の特徴
懸造り(かけづくり)建築工法・様式そのもの崖や斜面に建物を建てるための技術や構造全体を指す、より広範で技術的な用語。
懸崖造り(けんがいづくり)建物の見た目・状態「懸崖(切り立った崖)に建てられている」という建物の立地や見た目の状態を指すことが多い。

より簡単に言えば、「懸造り」が「どのように建てたか(How)」という工法や技術的な側面に焦点を当てた言葉であるのに対し、「懸崖造り」は「どこに建っているか(Where)」という立地条件や景観的な特徴を表現する言葉と捉えると分かりやすいでしょう。

例えば、「清水寺の本堂は、懸造りという工法を用いて建てられており、その見た目から懸崖造りとも呼ばれている」というように説明できます。

ただし、これらの言葉に法律で定められたような明確な定義上の区別があるわけではなく、歴史的建造物の解説などでは、同じ建物を指して両方の言葉が使われることも少なくありません。一般的には、どちらの言葉を使っても大きな間違いではありませんが、建築の「仕組み」に着目する際には「懸造り」という言葉を用いるのがより的確と言えます。この記事では、建築様式そのものを指す言葉として「懸造り」に統一して解説を進めています。

事例で学ぶ懸造りの仕組みと代表建築

清水寺の舞台は何本?三徳山など有名建築一覧

懸造りの基本的な仕組みと優れた耐震技術を理解した上で、ここからは日本国内に現存する代表的な建築物を通して、その理論がどのように具現化されているのかを見ていきましょう。それぞれの建築物が持つ独自の歴史や特徴を知ることで、単なる工法としてではない、懸造りの多様性と技術的な奥深さをより一層感じ取ることができるはずです。

京都府「清水寺 本堂」

懸造りと聞いて、多くの人がまず心に思い浮かべるのが、あまりにも有名な清水寺の「清水の舞台」ではないでしょうか。正式には本堂の一部であるこの舞台は、錦雲渓(きんうんけい)と呼ばれる渓谷の崖に、まるで宙に浮くかのようにせり出して建てられています。

その広大な床面を支える柱は、合計139本にも及びます。驚くべきことに、これらの柱には釘が一本も使われておらず、すべてが伝統的な木組みの技術だけで組み上げられています。使用されている木材は、非常に強靭で耐久性に優れた樹齢400年以上のケヤキです。地面から床面までの高さは約13メートルあり、これは一般的なビルディングの4階に相当します。この荘厳な舞台から見下ろす京都市内の四季折々の眺めは、まさに圧巻の一言です。

鳥取県「三徳山三佛寺 投入堂」

国宝にも指定されている投入堂は、その特異な立地から「日本一危険な国宝」とも呼ばれる、まさに奇跡の建築物です。鳥取県にある三徳山の、垂直に近い断崖絶壁の中腹にある天然の岩窟に、まるで嵌め込まれたかのように建てられています。

そのあまりに険しい立地から、建立方法は今なお多くの謎に包まれており、修験道の開祖である役行者(えんのぎょうじゃ)が、完成したお堂を法力で麓から投げ入れたという伝説が残るほどです。近年の調査では、平安時代後期に建立されたことが判明していますが、一体どのようにしてあの場所に資材を運び、正確無比な建築作業を行ったのか、その具体的な方法は完全には解明されていません。

参考資料:文化庁 国指定文化財等データベース「三佛寺奥院(投入堂)」

千葉県「笠森寺 観音堂」

笠森寺(かさもりじ)の観音堂は、日本で唯一の「四方懸造(しほうかけづくり)」という、大変珍しく貴重な建築様式で知られています。清水寺のように一方の斜面からせり出す懸造りとは異なり、四方懸造りは、孤立した岩山の上に建物を載せ、その四方すべてを長い柱で支える構造です。

まるで岩山の上に巨大な神輿が鎮座しているかのようなその独特の構造美は、他に類を見ないものであり、多くの建築ファンや研究者を魅了してやみません。下から見上げると、林立する柱が複雑に組み合わさっている様子がよく分かり、懸造りという技術の応用力の高さを実感することができます。

全国の主な懸造り建築

ここで紹介した三つの代表例の他にも、日本全国には地域の歴史や地形と結びついた、数多くの懸造り建築が大切に保存されています。

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名称所在地特徴
石山寺 多宝塔滋賀県大津市懸造りの土台の上に、さらに多宝塔が建てられているという非常に珍しい構造を持つ
長谷寺 本堂奈良県桜井市清水寺と同じく、大きな舞台を持つ懸造り様式の本堂で、牡丹の名所としても知られる
慈光寺 開山塔埼玉県ときがわ町室町時代中期の建築とされ、華美な装飾を排した質実剛健な造りが特徴
不動院 岩屋堂鳥取県若桜町三徳山投入堂と同様に、天然の岩窟を利用して建てられた懸造りのお堂

これらの建築物を実際に訪れる機会があれば、ぜひ建物の美しさだけでなく、その足元を力強く支える柱の構造や、周囲の地形との関係性にも注目してみてください。

城にも懸造りは使われたのか?

懸造りの技術は、その発展の歴史から主に寺社仏閣の建築で用いられるイメージが強いかもしれませんが、その実用性の高さから、一部では城郭建築にも応用された例が見られます。山城など、険しく複雑な地形を防御に活かして築かれた城では、限られた平地を有効活用し、より効果的な防御施設を配置するために懸造りの技術が転用されることがありました。

記録として残っている明確な例として、会津若松城(鶴ヶ城)にかつて存在した「御三階(おさんがい)」と呼ばれる建物が挙げられます。これは、本丸の石垣から外側へせり出す形で建てられた懸造りの櫓(やぐら)で、平時には物見や倉庫として、有事の際には城外を監視し、攻撃するための重要な防御施設として機能していたと考えられています。

また、より広義の応用例としては「石垣落とし」という工法も存在します。これは、石垣の上に建物を建てる際に、土台となる石垣の天端(最上部)の面積が不足している場合、建物の床の一部を支えるための張り出し部分を、懸造りと同様の柱と梁の構造で補う技術です。

このように、寺社建築ほど多くの華々しい例が残っているわけではありません。これは、寺社が見せることを意識した「開かれた建築」であるのに対し、城郭が隠す・守ることを目的とした「閉じた建築」であるという、根本的な目的の違いも影響していると考えられます。しかし、地形の制約を克服するための非常に合理的で実用的な技術として、懸造りは城郭建築の世界でも確かに活用されていたのです。

知識を深める懸造りの仕組み

この記事を通じて解説してきた「懸造りの仕組み」に関する重要なポイントを、以下にまとめます。

  • 懸造りは山の急な斜面や崖に建物を建てる日本古来の建築工法
  • 限られた平地を有効活用し安定した床面を生み出すことが目的
  • 山岳信仰など宗教的な背景もその発展に深く関わっている
  • 構造の基本は斜面に立てた長い柱と貫と呼ばれる水平の連結材
  • 柱と貫で組まれた格子状の骨組みが建物の頑丈な土台となる
  • 釘を一本も使わない木組みの技術が構造的な特徴の一つである
  • 木材の接合部に生まれる遊びが地震の揺れを吸収し分散させる
  • 建物全体がしなる柔構造は現代の免震技術にも通じる考え方
  • 懸崖造りは工法より建物の立地や見た目の状態を指すことが多い
  • 最も有名な例である清水寺の舞台は139本のケヤキの柱で支えられている
  • 三徳山投入堂は建築方法に謎が残る日本一危険な国宝とも呼ばれる
  • 笠森寺観音堂は四方を柱で支える日本唯一の四方懸造様式
  • 寺社仏閣だけでなく山城など一部の城郭建築にも応用された歴史がある
  • 地形の制約を克服する合理的で実用的な技術として発展してきた
  • 懸造りは日本の風土と先人の知恵が融合した世界に誇る建築文化

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